昭和30年代の思い出エッセイ募集
入選作品紹介
私とお好み焼き
皆川みどり(広島市)
 小学校6年生の頃の小遣いは、5円だった。小遣いを握り一人で駄菓子屋で、当たり外れのある黒棒、ほおばるような大きなあめ玉、かりんとうだきを買うのが楽しみだった。一人で買い物が出来るようになると、近所のおばさんがやってるお好み焼き屋にも行けるようになった。夏はかき氷をしてたので気付かなかったが、涼しくなるとお好み焼きにかわっていた。そこは住まいの一角をお店にしてた。ソースの焼ける臭いと気さくに声を掛けてくれるおばさんに入り易く、行き易かった。おばさんのヘラの手さばきとヘラの当たる音に出来上がるまで眼は釘付けだった。
 帰るとおばさんの手さばきを真似てままごとでお好み焼きを作る。メリケン粉は砂。キャベツなどの具は草。砂を水で溶き、道具のおたまやヘラは母に要らなくなった物を譲ってもらった。「大人になったらお好み焼き屋になる。」と時間を忘れて作り続けた。出来上がると友だちに振る舞った。
 野菜入りは10円だった。うどん入りは20円。もちろん野菜入を食べるのが常。うどん入りは食べた事がなかった。憧れだった。
 ある日のこと、母が20円をくれた。電車賃である。分数で算数が苦手になり、私を見かねて母が学習塾を見つけてきたのである。20円を見たわたしは誘惑に駆られた。「うどん入りを食べられる。」足は、お好み焼き屋へ。学習塾へは、かなりの距離だったが、歩いた。歩いたしんどさは記憶にない。それより、憧れのうどん入りお好み焼きの満足の方が大きかった。
 店は出すことは、結局なかったが、結婚して家族に作り食べさせ続けた。同級生の夫も大のお好み焼き好き。退職後、オタフクソースで作り方を学び、今や私は引退。月に二回は夫のお好み焼きの日である。
一覧
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オリンピックのお好み焼井山 孝治(広島県)
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はじめて食べたお好み焼きの思い出呉の秀ちゃん(広島県)
「8マン危機一髪!」井尻 哲(広島県)
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私とお好み焼き皆川みどり(広島市)
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