• 商品情報
  • お料理レシピ
  • お好み焼き
  • イベント・キャンペーン
  • 知る・楽しむ
  • 企業・採用情報
  • お客様相談室

お好み焼きの雑学

お好み焼きの歴史

遣唐使船のおみやげは煎餅だった
最初の伝道師 吉備真備
遣唐使船のおみやげは煎餅だった

唐で新しい知識を身につけて帰朝した新進気鋭の学者である助教授の吉備真備(きびのまきび)は、大学寮で、学生たちに課外授業として、教室に小麦と小麦粉を持ち込み、熱心に、長安における粉食文化のすばらしさを説いていました。
そして講義の締めくくりに、彼が長安で習い覚えた煎餅(センビン)を自ら焼いて学生に試食をすすめたと言われています。

粉食文化の普及に寄せる真備の情熱もむなしく、日本の粉食は、団子と麺類にのみ嗜好が傾斜してゆき、煎餅類は久しく陽の目を見ることはなかったのです。
そして、歳月を経て、わずかに煎餅の流れをくむ「ふの焼き」が、千利休らの手によって、茶界に登場する日を待つしかないのでした。

生みの親は千利休?
遣唐使船のおみやげは煎餅だった室町時代、茶人・千利休は、「ふの焼き」を考案し、茶菓子として使うようになりました。
このふの焼きは、うどん粉を水と酒でねった生地を薄くのばして焼き、味噌をぬって丸めたもので、日本的お好み焼きの原型といわれています。

このページの先頭へ